短大で非常勤講師をしていた頃、受講生の中に気の合う子たちがいて、卒業してから、ときどき家に遊びに来ていた。
彼女たちは自分たちの飲みたいものを提げて来る。私には安い、でもけっこう美味しいワインを持ってきてくれる。そうしてちゃんと電車があるうちに帰る。
私たちは音楽や小説やマンガやコンピュータの話をした。つまり、コンテンツとその消費のしかたの話を、主にしていた。
それでも時折、彼女たち自身の話も出る。
そのときに私が驚いたのは、まだ二十歳であるはずの彼女たちが、あまりにも人生に期待していないことだった。
彼女たちは自分たちを愚かだと思っていた。それぞれが何度か「私バカだから」と言った。
私はそれについていちいち文句を言った。バカというのが言い訳になると思ったら大間違いだ、言い訳にしたいならバカの定義をちゃんとして、自分がそうだという根拠を示さなきゃ駄目だよ、と言った。彼女たちはまるで気の利いた冗談を聞いたみたいに、陽気に笑った。
彼女たちは自分にも他人にもほとんど期待していなかった。
仕事はどう、と私は訊く。
Aさん「やりたいこととかないし、できることもないし、とりあえず食べていけてるからいいと思う」
Bさん「実家に住んでるから(アルバイトで)大丈夫」
Cさん「普通」
家族と仲良いの?と訊いてみる。
Aさん「お母さん大好き!お母さんみたいになりたい。お母さんは看護婦でね、ずっと○○医院で働いててね…(他の家族の話題は出ない。でも私はほっとする)」
Bさん「早く出て行けって思ってると思う。喋らないから知らないけど」
Cさん「普通」
男の子とはどう、と訊く。
Aさん「誰かを好きになることもあるかもしれないけど、今のところは別にいい。つきあってみてもなんかぴんとこない」
Bさん「あ、私、そういうの関係ない」
Cさん「あいつらやりたいだけだよ。私もそうだし。ねえさん(私のこと)そんなことも知らないの」
何が好き、と訊く。
みんな、マンガと小説とゲームが好きだと、迷いなく答えた。
私は彼女たちにコンテンツ消費以外の人生の楽しみを持ってほしかった。
でも私には何も言う資格はなかった。
だってあの頃は、私自身がずっと薄暗い気持ちで、寝てる間に世界が終わらないかなあと、毎日毎日思っていたからだ。
私はだいぶ元気になって、ここ二、三年は、ゴロゴロしている間に世界が終わったら嫌だと思っている。
あの頃は明確な自覚がなかったし、言ってもわかってもらえなかったと思うけれど、私の作ったものをあどけない顔で美味しい美味しいと食べて、「ねえさん話がややこしい」と言いながらも耳を傾けて、率直な言葉を口にする彼女たちに、私はずいぶんと救われていた。
私はずっと誰かにそうしてほしかったのだ。何の利害関係もなく、私に特定の役割を押しつけることもない、大切すぎて扱いあぐねることもない、誰かに。
あの子たちが今ごろ、自分と他人に少しは期待して、明日世界が終わったら嫌だと思っていればいいな、と思う。